妊娠33週、妻が切迫早産で入院。パパと2歳娘の3週間

ナース家のこぼれ話
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過去の記事で、妻が切迫早産になり、自宅安静、その後入院し療養する記事を投稿させていただきました。

その記事では妻の目線でいろいろな思いを綴ったものですが、今回は夫である私の目線で語っていこうかと思います。

妊娠33週、自宅安静後の健診へ

妊娠33週。

12月下旬ということもあり、外はとても寒く、ロビーに入った際の暖かさを覚えています。

年の瀬で、待合室には夫婦で一緒に受診された方がいつもよりたくさんいました。

順々に呼ばれ、診察を受ける人たち。

私たちの腹部エコーでは、なかなか顔を見せてくれないチビすけにがっかりしました。

ただ、チビすけの成長は順調で、安堵したのを覚えています。

その後の内診。

私はいつも通り待合室で待機。

本を読んだり、他の家族の微笑ましい様子を見たりしながら、時が経つのを待っていました。

ただ、その日は自宅安静後の内診であり、状況によっては入院。

不安な気持ちもあり、いつもより落ち着かず、時が経つのがかなり長く感じました。

内診の結果、突然の転院と入院が決まった

内診が終わり、妻と共に医師から結果を聞いた際は、驚きや落胆といった気持ちはなく、とても冷静に受け入れられたのを覚えています。

医師からもすぐに他院へ転院するよう告げられ、候補となる病院を妻とロビーで相談していました。

来院した時の賑やかなロビーとは違い、その頃には午前の診察を終え、私たち夫婦のみで閑散としていました。

転院先で受け入れができることを確認し、私たちはその足で入院先の病院へ向かいます。

その日は夕方から当直だったため、上長に欠勤の連絡をしたのち、車で出発しました。

医師からも、36週を超えれば元の病院に戻って来られることを聞かされていたため、その思いを抱きながら病院を後にしました。

出る際、受付の方から、

「元気に戻って来られるよう、お待ちしております。」

と温かいお言葉をいただき、励まされたのを今でも鮮明に覚えています。

車の中で考えていたのはチビねぇのこと

車を走らせながら頭の中にあったのは、チビねぇの心配でした。

道中ではきっと、妻への労いと今後のことを話していたのだと思います。

ただ正直、チビねぇのことで頭がいっぱいで、あまり記憶がありません。

ママがいない生活で寂しくならないだろうか。

このことをなんと伝えようか。

これからは仕事終わりに迎えに行くため、いつもより遅くなることなど、いろいろなことを我慢させてしまうのではないか。

そんな気持ちもありました。

妻がいない間の仕事と家事の両立については、世の中にはシングルファザーの方もいる。

どうにかなるし、どうにかする。

そんな気持ちでした。

入院先の病院に到着し、妻は別室に案内され、すぐに点滴による治療が開始しました。

私は淡々と入院の書類を記載し、受付での手続きを終え、ベッドに横になる妻を見てから娘の迎えに向かいました。

その時は妻へ不安を与えないよう、冷静な様子で振る舞っていましたが、

妻のいない3週間、絶対乗り切ってみせる!

とやる気に満ち、内心ちょっと興奮気味でした。

「ママはー?」2歳の娘に入院を伝えた夜

ママがいないことを不審がっていたチビねぇですが、その日はたまたま実家から母親が来ており、いつも通りご機嫌でご飯を食べ、お風呂に入り、遊んで、一緒に寝床でいつもの絵本。

そこで、

ママはー?

と少し不安そうに尋ねてきました。

まあ、そうだよね。

当時2歳とはいえ、さすがに不思議に思う。

ママはね、お腹が痛くて病院でねんねすることになったんだよ。だからパパと2人でお家。ママのお腹が元気になったらまた会えるからね。

と包み隠さず伝えました。

伝えた直後、緊張が走りましたが、チビねぇは一瞬固まったのち、無表情の

はい。

のみ。

内心、

(えー!それだけー!)

と思いましたが、表情は感情を押し殺したような、まさに【無】。

咄嗟にやばいと思って、

一緒に絵本読もっか

とすぐに話を変え、いつも通り楽しく絵本を読み、就寝。

パパが一緒だからね。大丈夫だよ。

と声をかけると、頷き、寝ていくチビねぇ。

いつもはママの近くで寝ているチビねぇですが、今日からは私の手を握りしめている。

妻には悪いですが、

(これが毎晩できるの最高すぎ。幸せだわー。)

と思いながら、1日が終わりました。

仕事・家事・育児。パパと娘で過ごした3週間

翌日は元気に保育園に登園し、私は妻の入院に必要な荷物を持って行きました。

娘も面会に連れて行くことを考えましたが、離れる際に寂しさが増すと思い、私1人で行きました。

入院当初のバタバタも落ち着き、私も普段通り仕事をしながら、チビねぇのお迎え、ご飯の準備をし、お風呂に入り、一緒に遊び、就寝。

決まった内容の日々ですが、自分なりに精一杯やって、かなり忙しかったのか、あまり記憶がありません。

1日が落ち着いて、チビねぇと一緒に寝床で手を繋ぎながら寝ることが、最高の至福だったことくらい。

ただ、妊娠中、私が夜勤でいない際に妻が1人でやっていたことを考えると、脱帽です。

感謝しかありません。

周囲の支えがなければ乗り切れなかった

また、年末年始は保育園が閉園しており、私とチビねぇはその間、義理の両親の家に長期滞在しました。

私は年末年始も普段通り仕事をしているため、こうした協力がなければ仕事との両立は不可能でした。

妊娠36週、妻が無事に退院

そして妊娠36週を迎え、妻は無事に退院。

家の玄関で妻とチビねぇが再会した瞬間は、今でも鮮明に覚えています。

切迫早産の3週間を振り返って

今回の切迫早産は、私たち夫婦にとって大きな困難でした。

それでも、チビねぇの頑張りや、日頃から周囲の人たちに支えられ、見守られながら、チビすけは無事に誕生しました。

今も幸せに家族みんなで生活することができているのは、決して私たち夫婦だけの力ではなかったのだと再認識できた、壮絶な3週間でした。

先日チビねえが突然。当時の2人だけの生活についてこう話していました。

ママが病院でお泊まりしている時、パパと2人でアンパンマンミュージアム行ったね。すごく楽しかったんだ。

けどママが居ないのもすごく寂しかったの。

この3週間誰よりも、我慢して頑張ったチビねえでした。




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